
玖珠SSS・監督の石井です。
もう30年以上前になりますが、自分が小学生の頃、キャプテン翼の影響もあって玖珠町には「サッカー好きな小学生」がたくさんいて、自分もその一人でした。
でも、その頃の玖珠町にはサッカーチームはまだなく、学校の休み時間や放課後に友達と集まってボールを蹴るくらいしかできませんでした。
そんな玖珠町に初めてサッカーチームができたのが1990年、自分が中学生の時でした。
あの時の衝撃は今でも覚えていて「なんで自分が小学校の時に作ってくれなかったのか、、」と、涙が出るほど悔しかった記憶があります。
中学校では、毎日毎日、昼休みにサッカーをしていましたが、なぜかみんなスパイクを持っていて、若い先生も一緒になって泥まみれになってボールを追いかけていました。
部活が休みの水曜日や週末には、町中のサッカー好きが森中グラウンドに集まってきて、大人も子供も混じってゲームをしていました。
休みの日に「森中に行けば、誰かボールを蹴っている」そんなサッカー環境だったのを覚えています。
地元の高校に進んでも、もちろんサッカー部は無いため、テニス部へ入部。
ただどうしてもサッカーがしたくて、同級生たちで集まってチームを作り、ユニフォームも作って活動していました。
役場や商店街のおっちゃん達、後輩達もチームを作っていて、あの時代の玖珠のサッカーは「ある意味とても盛り上がっていた」のではないかと思います。
高校3年になり、どうしてもサッカーに関わりたかった自分は、玖珠JSC(現:玖珠SSS)を手伝いに行くようになり、子供達と一緒にボールを蹴るようになりました。
大学進学で北九州に出てからは、玖珠に戻ることもめっきり減り、15年が経って浦島太郎のように家族を連れて帰郷したのが2011年。
その後、玖珠SSSのコーチになり、指導者ライセンスを取り、審判免許を取り、監督になったのが2020年。
そして2026年、中学生のサッカー環境を整えることを目指して「U15/ジュニアユース」のチームを創部します。
こだわりが強くてめんどくさい自分の指導方針を受け入れ、快くバックアップしてくださる先輩指導者。
いつも楽しそうに子供達と向き合ってくれる後輩指導者。
そして35年前、サッカー不毛の地と言われた玖珠町にチームを立ち上げ、現在の玖珠町のサッカー環境を守り続けて下さった奥村先生。
その他にも、OBOG選手、保護者、これまで指導に関わってくださった方々、地域の皆様。
これら溢れるほどの「御恩」のお陰で、この度、U15/ジュニアユースを立ち上げることができます。

